春日神社能舞台
 わたしたちがめざすもの

  能舞台を春日神社に移設後は、
  観光客を はじめ多くの方に能
  を披露し、歴史を感じ 、幽玄の
  世界を堪能していただくことを目
  的とし、長年佐渡の暮らしの中
  に生き続けてきた能の伝統文化
  を伝承していくことを目指します


    能舞台再現に至る経緯 

    かわら1枚5000円運動

 郵便局備え付けの振り込み用紙に下 記「口座番号」・「口座名義」【参考欄】 にお申し込み数をご記入いただき、
 お名前・ご住所・お電話番号を明記の うえお申し込みくださいますようお願い 申し上げます

 「口座番号」 00570−0−57804

 「口座名義」 春日神社能舞台
          移設保存会
 


  再現事業費用


   ◆移設費   950万円
   ◆橋掛かり  200万円
   ◆鏡の間   250万円
   ◆事務費   100万円

     合計  1,500万円


                 

能舞台移設事業 趣意書

 能舞台移設事業を企画し実施するにあたり、春日神社にまつわる能の歴史をひもとき能舞台の復活と
伝統芸能継承の一端にいたしたく、皆さまのご協力を要請するものです。

 慶長九年(1604)初代佐渡奉行・大久保長安は奈良から二人の能楽師を召し連れ佐渡に来ました。

 武田信玄の猿楽師大蔵次部太夫の末子として生まれた長安は、能役者でもあったため、能に対する
理解は相当のものであったといわれます。

 慶長十年(1605)八月、長安は社殿・拝殿を寄進し、鹿伏村に春日神社を健立しました。元和
五年(1619)現在の下戸村に遷宮し、正保二年(1645)下戸町の加賀六左衛門の寄進により、
春日神社に佐渡で最初の能舞台が建てられ、神事能が行われるようになりました。

 召し連れてきた二人の能楽師は、当地に土着しその末裔たちが受け継ぎ、春日神社から佐渡の演能
の歴史が歩み出しました。

 佐渡の能が神事能として始まったことは、現在の能舞台のほとんどが神社拝殿と舞台を兼用してい
ることから察しられます。

 初めは、武士の教養として演能され、演ずるは奉行所の役人でしたが元禄以降庶民にも能が盛んに
なり、村々では鎮守様の祭りの場へと広がっていきました。

 農家の人々が畑仕事に謡を口ずさむ日常は、大町桂月が「鶯や十村の能舞台」と詠んだ句そのもの
の風景といえ、「おらが舞台」として小さな集落にも能舞台が造られ守られてきました。

 かつては島内に二百もあった能舞台は、現在三十二となってしまい、春日神社の能舞台も、明治の
初頭には消滅してしまいました。

 武家のものであり格調高い芸能とされていた能が、佐渡では庶民の演ずる能となり、長い歴史のな
かで子々孫々、質の高い伝統芸能として継承してきたことは佐渡人の活力であり、今なお「能の島」
として名高いことは佐渡ヶ島の誇りであります。
庶民の手でつくり上げられてきた伝統ある佐渡の能。

 その発祥地である春日神社に能舞台を造る取り組みは、皆様のご協力により完成いたしました。
が、寄付が目標額にたっしておらず、また当初予想を上回る建設費が必要となり、寄付活動を継続す
ることとなりました。

         この事情をご理解いただき、ご協力くださるようお願いいたします。

                 平成二十年四月吉日

                  春日神社能舞台移設実行委員会

                     会長  川内  節次



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